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2016年8月21日日曜日

人間性はどこから来たか

2016.8.20

京大出版から出ている西田利貞先生著の本を読んだ。霊長類研究の大御所である。読み始めてすぐに、かなり独善的とも思える著者であると感じた。それだけに、どうなっていくのか興味津々で読み始めた。流石、その手の情報があふれるほどで、しかも奥深い。

しかし、読み進むに連れ少々苦しくなり、途中から拾い読みになってしまった。これから人間学、猿学を学んでいく人だったら情報や過去の研究例が豊富でとてもためになると思うが、私はそのどちらでもないのだ。また、文章が、これまたかなり論文的である。真剣に読まねばすぐ道を見失う。私のような暇なのにせっかちな読者を遊ばせてくれるものとは違うものだ。

ところがだ。拾い読みで本の最後に至って、思わぬ方面で同感する宝が幾つもあった。霊長類の社会の研究成果から、人類のこれからに関しての手厳しい指摘である。何の根拠もない評論家や今一つの政治家の発言とは異なり、世界の研究に根付いているのだから、説得力が違う。
こうなると他にもないかと戻って読んでみたくもなったが、図書館の借用期限もあるので、それはまた今度にしよう。

「思わぬ方面で同感」というのを抜書きしてみた。以下<-->で挟まれた部分は引用であり、それ以外は私の感想などだ。
P.86
<-- p="">一方が援助し、その後で他方がお返ししに援助するのを「互酬的協力」と呼ぶ。同時には双方が利益を得られない場合、例えば相互援助の成果をその性質上、分割できない場合には、相互交渉ごとに一方が純損をこうむる。しかし、繰り返し相互交渉が起こり、前回損失をこうむったものが次回に利益を得れば、相互交渉を重ねるうちに双方が純益を得ることができる。
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<-- p="">ロバート・トリヴァースは、互酬的協力が進化する条件をいろいろ考えたが、そのうち「利己的な個体に利益を与えない手段を持つ」という条件が最も重要であると考えた。つまり、お互いに協力しようというそぶりを見せ、初回の協同作業で一方的に利益を得ながら、お返しをしない者を罰することができることである。
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成る程、今の世に当てはめると、互酬的な美しい社会を保つためには、他国の恩を仇て返す中国・韓国は罰せられることが正当だということか理解した。


P293
<-- p="">人類の目的が、「地球上にできるだけ多くの人間を一時的に存在させること」であるならば、それでよいだろうが、まさかそれを目的と考えている人はいまい。しかし、現実に行われていることは「人口の大記録」を達成しようとしているかのようである。せっかく、日本では1人の女性の出産数が1.5人(2006年では1.3人)となり、人口が減少に転じる気配を見せているのに、若者が多くの年長者を支えるのはたいへんだから、夫婦はもっと多くの子供を生むようにと声高に叫ぶ人がいたり、政府や地方公共団体が児童手当を増額したり、三人目の子供を産んだ場合には報奨金を支給したりするのには呆れるほかない。
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<-- p="">「四人生んだからいけない」といっているのではない。1人も生まない人がいるからそれは大きな問題ではない。しかし、子どもも生まず、多額の所得税を払っている女性の方が利他的であることは議論の余地がない。
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反論を怖れぬ断定である。こういう所が気持ちがいい。その通り、今まで通りなら日本は世界のお手本のような国であり、日本以外に今まさに爆増している国をなんとかしなくてはならない。
<-- p="">日本は工業国として付加価値の高い商品を売って、相対的に安価な原材料や食料を外国に求めて、過剰人口にもかかわらず、これまで裕福な生活を送ってきた。しかし、今後世界の人口がもっと増えたら、食料が最も価値の高い商品になる可能性はある。太平洋戦争に敗戦したあと、日本の都市住民は食料を求めて農村に出かけ、和服や宝石やあらゆる貴重品を数回の食事と引き換えにしなければならなかった。飢えた人間にとって、パソコンはどれほどの価値があろうか。
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人口爆発している国々ではまさにこの飢餓から起きる問題が勃発している。食料を援助するより人口削減策を援助すべきだ。
<-- p="">進歩思想と結びついたヒトの特徴とはなんであろうか? 一つには他人より成功したいという競争心、あるいは他人と少なくとも同じ程度の成功の機会をもちたいという強い欲求である。第二に、所属集団のメンバーから賞賛を受けたいという強い傾向である。第三に、人から受けた援助にはお返しをしたいという強い傾向である。第四に、道具を工夫し、より安楽に生活したいという傾向である。これらの傾向はもともと狩猟採集社会で生まれ機能してたヒトの性質だった。それが、市場経済システムと安価な化石燃料と結びついたとき、競争と大量消費を生み出した。しかも、ヒトの脳はせいぜい今日、明日の問題解決のために進化したにすぎない。それは、100年先はおろか、10年先のことさえ考える能力の有る政治家が日本にほとんどいないことからもわかる。
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そうか。ヒトの脳は現状に十分適応していないのか。この分野の専門家である筆者のこういう考え方は説得力がある。
P296
<-- p="">ヒトの脳は、他の動物と同様、生まれ育った環境を自分にとって自然だと感じるように設計されている。
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<-- p="">まず第一にすべきことは、子どもたちを幼児のときから、山野に連れていき、それこそが、人にとっての環境であることを体験させることである。
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<-- p="">第二に、快適さや能率をあまり追求してはいけないことである。
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<-- p="">第三に、自然保護活動をヴォランティアとして行ったり、自分でできない場合はそういう活動をしているNGOに加入したりカンパしたりすることである。
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一応同感なのだが、この後に挙げられているグリーンピース等残念ながらこの手のNGOは暴走する例が枚挙にいとまがない。
<-- p="">第四に、拡張主義、成長主義はきびしく批判されるべきだ。大学でさえ、なにかといえば、新キャンパスだ、高層化だと騒いでいる。土建業と政官の癒着がなお強まるだけである。
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<-- p="">第五に、人口抑制に役立つあらゆる方策・政策が実行されるよう提案することである。日本のように若年人口層の減っている国は、貧困で人口過剰な国からの人口流入を認めるべきだという意見があるが、とんでもないことである。こういった事実上の万人救済主義は、富ではなく貧困を分配することになり、人口過剰を極限まで押し進めて、環境を破壊し、世界を破滅させるだろう。
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確かに、もし余剰人口を先進国が受け入れるだけであれば、その国では凝りずにまた出産し続けるだろう。
そして、最後の結論は、はからずも、私が常々モヤモヤと感じていることで終わっている。
P299
<-- p="">現在、地球上で起こっているあらゆる難題は、人口過剰が関係している。人口を減少させない限り、絶え間なく戦争は起こるだろう。人の命が尊いのは、人口が少ないときだけであることは、虐殺が毎日のように起こっている二十世紀の歴史をかいま見ればわかることである。
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<-- p=""><-- p=""><-- p=""><-- p=""><-- p=""><-- p=""><-- p=""><-- p=""><-- p=""><-- p=""><-- p=""><-- p=""><-- p="">人口が過剰にならないように保たれているから人間性が保たれるのであり、人間性とは人口を過剰にならないようにできる知恵も持っている筈であろう。